第3回 | 粟津邸(1972年 設計 原広司)

図邸は今から50年以上前に建てられたグラフィックデザイナー粟津潔の家です。緩やかな丘陵地に当時の姿のまま建っていますが、周辺はその後のスプロール的に開発され、住宅がびっしりとひしめいています。設計者は原広司ですが、2025年1月3日に亡くなりました。多くの論文や研究成果を残し、多くの建築家に影響を与え、京都駅ビルなど多くの著名な建築を設計し、原研究室からは山本理顕や隈研吾など多くの建築家が育っています。1967年に執筆された『建築に何が可能か』は私が学生時代に出会った建築論ですが、私には難解ということもあり、今もつんどく状態が続いています。 粟津邸は原広司の作品としては発表されていましたが、個人の住宅ということもあり、一般公開されることはありませんでした。現所有者の粟津ケン氏がこの住宅を元の姿に戻しアートスペースとし、こけら落しでアフリカのジンバブエにルーツを持つアーティスト・吉國元個展「吉國元 根拠地 粟津邸ではじまる」の情報が入り、個展の鑑賞の傍ら建物を見学してきました。この住宅へアプローチは屋上の黒い舗装部からドーム型の透明な屋根が掛かる開口部より入り、外部から連続するかのように黒タイルが張られた通路と真っ直ぐな階段を降りると2階となり、内部ですが左右にトップライト又は照明塔のある空間があり、さらに階段を降りると最上階のスラブに空けられた窓から光が降り注ぐ1階のアトリエに導かれます。訪れたのは11月の気候も穏やかな日であり快適な室内環境でした。暫くうろつく内にこの通路は外部の道が建物内に入り込んだ路地ではないか、アトリエに突き出している壁は外壁ではないか、地階のアトリエは内部化された外部ではないかとか、冬の寒い日夏の暑い日どのような感じなのかなど俗っぽいことも考え、この不思議な空間に魅了されながら、様々なことが思い起こされました。これを機に今度こそ『建築に何が可能か』を読破しようとして手に取りましたが、再度挫折を味わうことになりました。最後に宇野求の書評を添付します。


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アプローチからのエントランス


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エントランス直線的に下る階段


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2階室内ですがトップライト又は照明塔のある空間


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2階から1階への階段


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2階の奥を見る


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1階アトリエから見上げる


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1階アトリエから奥を見る

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1階奥の和室

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庭側外観

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宇野求『建築に何が可能か』